マッサン 国境は何を隔てるのか
2015.2.21

戦争は人間の営みにおいてもっとも非生産的な行いであるとともに、強者の理論がまかり通ってしまう如何わしい状況を生んでしまいます。エリーは鬼畜と石を投げられ、エマは英語を学ぶことができずに涙する。お国のためと社会的弱者が犠牲を強いられる世情に、健全さは微塵も見られません。


「マッサン」第20週は第二次世界大戦突入という背景から、重々しい空気と無縁ではいられませんでした。大日本帝国が三国同盟に参加し、アメリカやイギリスと敵対することで、スコットランド人であるエリー(シャーロット・K・フォックス)は安心して外も歩けないような、危うい立場に置かれます。

一方、海軍指定工場となったドウカウイスキーは、出征により不足した男手を賄うために大幅な増員を決定、早速面接を行います。そこには、エマ(優希美青)と年頃の近い娘(黒島結菜)を持つ中村美紀(堀内敬子)の姿が。夫を戦争で失い、是が非でもと雇用を望む美紀ですが、エリーに向けられる視線には複雑な色が見え隠れします。最終的に12人を採用することとなり、そのなかには中村母娘の名前も。美紀はまかないの腕を買われエリー付きの女中に、秀子は工場勤務となるなか、エマは秀子との距離を縮めます。しかし美紀にはそれがおもしろくない様子。

そんな折、夜の闇に紛れてキャサリン(濱田マリ)が突然の来道を果たします。夫がイギリス人である事情も含め、種子と日本名を名乗る彼女の表情は重く、その提案も深刻なものでした。キャサリン夫妻は7月の末に船で日本を出る予定で、エリーも同乗しないかと持ちかけてきたのです。ただし、出国には日本籍を捨てる必要があり、とどのつまりマッサン(玉山鉄二)と離縁することが必須なのでした。熟考のうえで返答するとのマッサンに対し、エリーは離婚も帰国もしないとキッパリ。

日に日に情勢の悪化するなかで、マッサンは夫として苦悩します。そんな彼を目の当たりにして、娘のエマはもちろん、俊夫(八嶋智人)やハナ(小池栄子)もエリーの身の安全を第一に、帰国を勧めます。いよいよ期日の迫るなか、マッサンはエリートの離縁状にサインをしようとします。そのとき、特高警察の職員が亀山邸に押しかけ、あろうことかエリーをスパイ容疑で連行すると言い出したのです。亀山家にとって大切なものを土足で踏みにじるという特高の非道に、ようやく本心をあらわすマッサン。だからこそ、エリーも覚悟を決め、特高に両手を差し出します。亀山夫妻の覚悟に気圧された観の特高警察は、捨て台詞とともにエリーを取り調べるべく連行……かと思われましたが、ここで思わぬ助け船が。白い軍服の海軍士官(柏原収史)があらわれ、特高警察の強引なやり口にもの申して来たのです。士官の口添えでその場での連行を免れるエリーと安堵する面々。どうやら熊さん(風間杜夫)が海軍省に連絡を入れていたようです。

そんな亀山夫妻最大の危機を乗り越えてあらためて、マッサンはエリーに日本にとどまるよう懇願します。エリーの答えはもちろん「イエス」。すべてが好転したわけではなく、戦争がつづく限りまだまだ困難の波は亀山家を襲うでしょう。それでも家族一丸となってそれに抗うと、社員の前で誓い、皆の賛同と協力を得ます。


生まれた場所や発する言葉、肌・髪・瞳の色、多くのちがいがあったとしても、大切な家族を想い、周囲のひとびとの幸福を願い、艱難辛苦に立ち向かう姿勢は、人間だれしも同じ。そんな当たり前の考えを持ち、常日頃行動に移せるかどうか。かつて広島でマッサンの母・早苗(泉ピン子)、大阪で優子(相武紗季)や英一郎(浅香航大)、北海道で森野熊虎らの頑なだった心を解きほぐし、味方としてきたエリーは、ほんとうに天性のひとたらしですね。週の初めに対立していても、土曜日にはハグのできる距離にまで縮めてしまう遣り取りは、演出が過剰でない分、ごく自然にすんなりと入ってきてしまいます。

そして今週のマッサンは、珍しくウイスキー以外のことで頭を抱えていました(笑)。エリーの身の安全を最優先に考えれば、帰国がベター。しかし戦争がいつ終わるかもわからない、さらにもう一度再会できるかも危うい状況では、正解を導くのは容易ではありません。さらに自らの本心を吐き出すきっかけとなったのが、同じ日本人の理不尽な罵声だったというのは皮肉の極みで、戦争という狂乱に取り込まれた人間が、いかに正常な判断を失うか、特高警察の面々はその象徴のようでした。そういう意味で、今週のみ登場の中村母娘もまた理不尽な不幸の応酬に、感情のはけ口を求める存在としてあったように思います。もし娘の秀子が母の影響を強く受け、父の報復を望むような心持ちになっていたら、同じ日本人であるエマを外国人の子だからと(血の繋がりはありませんが)、怨嗟の対象に選んでいたかもしれません。母との対比として、素直で前向きな性格に描かれていましたが。


だれかが大事にしている人間を傷つけてしまったらどうなるのか。法治国家であれば、その罪に見あうだけの責任を償う必要に迫られます。では戦場に行って敵国の兵士を傷つける自国の兵士の労を、ねぎらうためのウイスキーを造る人間はどうなのか。余市でウイスキー造りを再開し、戦争が勃発してからこのかた、マッサンはこのジレンマに苛まれつづけているはずです。「不味い」と吐き出される、「質は問わない」と言われるだけならまだしも、他人の何かを理不尽に奪って得られるものに、どんな価値を見出せばよいのか。愛国教育を非難するエマとの会話のなかで、ときには我を抑えて「堅忍」することが必要なのを口にしたマッサンでしたが、果たして若い時分の猪突猛進ぶりをエマが目の当たりにしたら……というのは冗談で、いずれにしてもまずは身近なひとびとの幸せを願うこと、そして自分を信じてウイスキーを作りつづけること。一家の大黒柱として、会社経営者として頼もしく映ります。そしていつか、日本人もスコットランド人も美味いと言えるジャパニーズ・ウイスキーを造ってくれることでしょう。


次週は、エマと一馬(堀井新太)の恋愛模様にスポットが当てられるようです。おかしいものはおかしいと自身の主張がキチンとできるエマは、さすがマッサンとエリーの娘、と賞讃できる一方で、戦争下の日本では愛国精神を脅かす危険な思想の持ち主と阻害されても致し方ありません。これまで熊さんやハナの陰に隠れて地味な役回り(失礼)の多かった一馬のどこに、エマが惹かれたのか、そのあたりも気になります。あ、父(マッサン)のような性格を避けているのは何となくわかりますね(笑)。

第19週111話で、エマが渡(オール阪神)と野々村(神尾佑)に「アニー・ローリー」を披露していたのは何かの予兆でしょうか。さてさて。