マッサン ビッグノーズと呼ばれるまで
2015.2.28

あの、ジョニーではなく、戦場に行ったのはジョージでしたね(Johnny,I hardly knew ye:アイルランド古歌)。前週のラストで日本は暗黒の時代へ〜とのたまうておられたのが、今中盤は若干ネジの外れたような雰囲気で……。「マッサン」第21週は、「欲しがりません、勝つまでは!」の真ん真ん中で恋を欲した少女のお話……でした。


戦争は終わりを見せる気配もなく、ますます偏った勝利至上主義に飲み込まれる大日本帝国。エマ(優希美青)は女学校を卒業し、勤労奉仕でいそいそとミシンを踏む日々ですが、心も表情も晴れません。一方、ドウカウイスキーのマッサン(玉山鉄二)のもとを訪れた海軍士官(柏原収史)からは、葡萄酒製造という意外な要望がされます。ただしそれは葡萄酒製造の副産物である酒石酸の収集が目的であり、葡萄酒そのものの品質にはこだわらないとのことでした。ウイスキーほどではないにしても、それなりの手間暇を惜しんでは造れないと難色を示すマッサン。そこへ意気軒昂と声を挙げたのが、ほかならぬ一馬(堀井新太)です。同年代の青年や工員たちがつぎつぎとお国のため、戦地へ赴く姿を横目に複雑な思いに駆られていた彼にすれば、同じ銃後でも最前線により密接な仕事と価値を見出していました。

マッサンの快諾を得た一馬は、早速、酒石酸収集を最優先した葡萄酒製造の研究に取り組み、夜遅くまで灯りの点る日々がつづきます。そんな一馬のひたむきな姿に、また戦争気運への不満が募っていたことから、いつしかエマは彼のもとへ足繁く通うようになります。幼い時分より兄妹同然に過ごしてきたふたりのあいだに、それまでとは異なる感情が芽生えるまで、そう長い時間は必要ではありません。

やがて、エマと一馬の睦まじい様子は熊虎(風間杜夫)たちの知るところとなり、当然マッサンやエリー(シャーロット・K・フォックス)の耳にも。それほど重く考えていないマッサンに対して、エリーは苦渋の様相。実際、マッサンの頭のなかは自身の後継者(ブレンダー)一色でそれどころではありません。しかし、もしエマが一馬と結ばれて、正式な後継者の資格を得るのだとしたら……。そんな折、唐突にエマが勤労奉仕を辞めて、工場で、しかも一馬たちと働きたいと言い出します。さらに、苦い顔をする両親に業を煮やしたのか、正直に一馬への想いを口にするエマ。高揚した気持ちを書き留めるべく、日記に筆を走らせる少女の表情は希望に充ちていました。

翌日、複雑な思いを抱えたまま出勤したマッサンの目に、徹夜で研究をつづけていた一馬の姿が飛び込みます。ようやく時間をかけて酒石酸の生成に成功した一馬に対し、意を決して娘のことを問いただすマッサン。これにて、いよいよ真剣にエマと一馬のことを考えざるを得なくなります。もともとふたりの交際に否定的だったエリーは、エマと真剣に話をすると言いますが、頭ごなしな言い方にエマは反発を強め、結局ケンカ別れに。さすがのマッサンたちも、エリーの過敏に過ぎる態度に戸惑いを隠せません。

顔を合わせれば反対の意思を示すエリー、エマを周囲を気遣い大人の対応をしようとする一馬、そんなふたりの素振りに憤懣やるかたなく暴発をくり返すエマ。三者三様それぞれに重苦しい空気を抱えつつ、日々は過ぎます。そして、この問題に決着をつけるべく、ふたりは対峙します。エリーの口から語られたのは、夫であるマッサンですら知らない、彼女の過去の話でした。エリーが一馬との恋愛に反対したのは、戦争で婚約者を喪った自分と同じ想いをしてほしくない、その一点に尽きるということです。事実を知れば易いもの、お互いの気持ちを確認し合った母娘はほどなく和解。エマと一馬の恋愛についても、承認されるのでした。

エマと一馬、エマとエリー母娘だけでなく、マッサンとエリー夫婦の絆がより強まったこのとき、しかるに、森野家には軍からの使者が訪れます。一馬が手にする封筒のなかには、一枚の赤い紙切れが……。


ひと昔前に話題となった「友だち親子」という関係性の表現は、自立のできない親と子がお互いに依存している状態であって、エリーとエマの母娘を示すには適切ではないでしょう。それでも、あれだけ仲の良かったふたりが突如として対立すれば、周囲が驚くのも当然です。妻と娘のあいだで煮え切らないマッサンを、ひさびさに拝見できたのはよかったのですが。

明治維新を経て一旦は平和を謳う民主主義社会へ移行したものの、戦争という狂気からふたたび封建的男性優位の社会構造に後退してしまった日本において、女性が自由な恋愛をできるはずもなく、それこそ戦地へ赴く兵士を産むための「道具」扱いにされていたとんでもない時代です。なまじ知識があって、先進的な考え方を身につけているエマが、軍国主義という歪んだ情勢で自己認識に苦しむのは自然な成り行きであり、理由は違えど、同じように自身の存在意義を見いだせずにいた一馬に惹かれるのも道理。まして互いの成長を間近に確認してきた間柄なのですから。

ただ、外国人というだけで自宅軟禁され、監視付きの生活を送る母親の忍耐する様子を目にしていれば、自身のなすべきコトも理解できそうな気がしますが……そこが若気の至り、なのですね。もともと出征を心待ちにしていた一馬に対し、とうとう訪れた赤紙という最後通告。果たしてエマが素直にそれを受け容れるか、来週はさらに感情の爆発が予想されます(熊さんにも期待)。


ところで今週はマッサンや一馬の服装が国民服に変わって、いよいよ戦争末期を象徴する姿になっていました。エマはともかくエリーまで「もんぺ」姿(婦人標準服)だったので、首都から遠く離れた余市でも軍統制が徹底していたと想像されます(軍指定工場なので当然と言えば……)。また、酒石酸の軍事利用(素人からするとマユツバものですが)を目的とした葡萄酒製造の要請があったりと、ドウカウイスキーが戦争によって活かされるという皮肉な現実がつづいていました。それでも、10年20年後の未来のためにブレンド作業をつづけるマッサンの姿は、率直に「男前」と賞讃できるものでした。

劇中で何度も言われているように、同じ蒸留液でも貯蔵する個々の樽の状態や、その置き場所などによって味や香りに違いが出るそうです。シングルカスクでない限り、多くの樽のなかから出来の良いものをチョイスし、さらにバランスを調整してより良いウイスキーを生み出すことが肝要となります。強すぎる個性を消し、それぞれの樽のいいとこ取りをしたうえで心地よい香りと味わいを引き出す、「ブレンダー」とは、ある意味オーケストラのコンダクター(指揮者)のような立場と言えるのかもしれません。クラシック好きに限らず、そうでない一般のひとも取り込んでしまう指揮をするのが鴨居(堤真一)であるなら、玄人好みのマニアックなそれをするのがマッサン。余談ですが超一流のブレンダーは香りだけでどこの蒸留所の樽か判別できるそうで、その技術の高さを評して「ビッグノーズ」と呼ばれるそうです。外見だけなら、鴨居がもっとも近しい存在に見えますが……(笑)。

閑話休題、指揮者の効果としては、当然前者のほうが早々に芳しい結果を得られるでしょう。ただ、「ウイスキー」という主題(テーマ)を競うのであれば、より長い時間、地道な努力を必要とする後者のほうが、物語を視聴するうえで感情移入しやすいのではと感じます。

マッサンを尊敬し、勉強熱心で知識豊富、周囲への気配りが出来、確かな舌と鼻を持つ一馬であれば、10年20年をかけて立派な「ブレンダー」になれたはずです。ストーリーとして、純粋な若者の強い意志と稀有な才能を、簡単に踏みにじってしまう憎き「戦争」というイメージ化は、必要であってもやはり哀しい。次週は特に、そのあたりをクローズアップして描かれそうな予感です。

早いもので「マッサン」も残すところあと4週。朗らかに自由にウイスキーを造ることのできる時期はいつ訪れるのか。明るい画面がつづくことを望みます。