マッサン 踏まれても踏まれても
2015.3.14

耐え難きを耐え、忍び難きを忍び……必死の思いで闘いつづけた戦争がようやく終結しました。失うものばかりの、悔いてふり返るばかりの虚しい4週間(劇中では大東亜戦争中の約4年)でしたが、大阪時代の鴨居のように、北海道では熊さんの存在が大きく救いとなっていた印象です。

「マッサン」第23週は、戦争によって負った傷を抱えながら、それでも生きてゆくことを選択するひとびとの懸命な様子を、エリーの視点で語られたナレーションが印象的でした。東京大空襲(3月10日)、東日本大震災(3月11日)と同週だったことも影響していたでしょうか。


亀山家と森野家、特に父親・熊虎(風間杜夫)の檄を受け、笑顔で一馬(堀井新太)が戦地に旅立ってから1年半。大日本帝国軍の劣勢は明らかで、東京や大阪などの主要地は爆撃で壊滅状態。いよいよ、余市にも敵軍の手が伸びるのではと噂される情勢でした。そんななか、海軍より情報を得ていたマッサン(玉山鉄二)は、空襲に備えて工場内に防空壕の設置と、原酒の避難を模索します。一方で、悪化の一途をたどるエリー(シャーロット・K・フォックス)の体調も気がかりとなりますが、エマ(優希美青)ともども、家族が離ればなれになることを拒みます。

翌日、熊さんの声がけで集まった有志たちとともに、原酒の運び出しに精を出す工場のひとびと。半分方が終わったところで、突然けたたましい警報の音が耳を衝きます。急な事態に右往左往しながらも、乾燥棟に避難する面々。ただ爆撃そのものの規模はちいさく、工場に被害が及ぶことはありませんでした。安堵して森野邸に集まるマッサンたち。しかし、束の間のよろこびも訪れた使者の差し出す書簡によって吹き飛びます。泣き叫ぶエマとハナ(小池栄子)をそれぞれエリーと俊夫(八嶋智人)が抱きしめ、マッサンと熊虎は茫然自失で立ち尽くすばかり。遠い戦地で短い生涯を終えた一馬の現実を、そのときだれが受け容れられたでしょう。

数日が経ち、合同葬儀を終えた熊虎とハナが、一馬を森野邸に連れ帰ります。持ち帰った骨壺の中身は、ただの紙切れ一枚。激戦地で生命を落とすということの実際に、皆やるせない気持ちに襲われます。それでも、熊さんは上を向くよう言い聞かせ、またエリーの提案によって一馬の慰労会を開くこととなりました。その席で、マッサンより一馬の残した種からウイスキーを造ることが宣言され、彼のブレンドしたウイスキーで献杯を捧げます。折しも、広島に原爆が投下された日、終戦間際のことです。


運命の8月15日ー。ラジオから流れる玉音放送に、余市工場の関係者たちは悲嘆に暮れます。日本の敗戦という驚きと不安のさなかで、ゆいいつの救いと言えば、この数年玄関に張りついてはなれなかった特高警察の影がなくなっていたことでした。そして、戦火を免れた余市工場の土地を開放し、この土地に残されたひとびとと復興を目指すことを決意するマッサン。それを誇らしげに見つめるエリーの顔には自然と笑みが浮かんでいました。


終戦から2ヶ月が経過し、エマが英文タイプの学校に通いはじめるなど、徐々に平穏を取り戻しつつあるなか、操業を再開できずにいたドウカウイスキーは倒産の危機に陥っていました。そこへ原酒を買い取りたいと願い出る、胡散臭い連中が大阪からやって来ますが、初志貫徹のマッサンはその申し出を断ります。とはいえ、今後の方針を相談する意味でも、大阪の出資者のもとを訪ねる必要があり、ことのついでとエリーを同道するよう促します。はじめは大阪の知己に再会できるとよろこんでいたものの、いざ出立の直前になって涙を流して外出を渋るエリー。やはり、3年以上に渡る軟禁生活が与えた影響は深刻でした。

結局、エリーの心痛を思って連れ立つことをあきらめたマッサンは、ひとりで大阪へ向かおうとしますが、そこへまたも招かれざる客が。エリーの無事を確認しにやって来たという進駐軍の兵士は、同時に貯蔵庫に眠るウイスキーを譲ってほしいと切り出します。一度は海軍の支援によって生きながらえたドウカウイスキーが、皮肉にもふたたび軍によってその命脈を繋ぐことになるかもしれない……。一馬のこともあり、進駐軍の要請に唯々諾々とはなれないマッサンです。しかしながら、かつては経営者であった熊虎が、一馬のことも含め前へ進むよう進言します。

同じとき、エリーのもとにはよろこばしい再会が。夫ともどもイギリスへ渡っていたキャサリン(濱田マリ)が突然訪れていたのです。大阪に住んでいた時分から何かと世話を焼いてくれ、異国人を伴侶とする境遇から特別な存在であったキャサリンを前に、エリーはとうとう抱えていたものを吐き出します。マッサンと並んで「リンゴの唄」を歌う彼女の顔には、以前の笑顔が戻りつつありました。

そして、キャサリンが駆り出されているという小樽の教会へ、マッサンと連れだって向かうエリー。晴れ晴れしい笑顔とともに、ひさびさの洋服姿を披露するのでした。


想定のこととはいえ、一馬の戦死は唐突でした。出征(森野家を立った日)が昭和18年10月22日で、戦死が昭和20年2月20日、通知が届いたのが同年7月12日。戦地が太平洋中部ということと戦死日から推察するに、あの硫黄島で亡くなった可能性が高いかと。なまじ招集が遅れたことで、もっとも過酷な戦地に送り込まれる結果となってしまったのかもしれません。しかしながら、遺品のひとつも、骨のひと欠片も戻ってこないとは……。冷たい言い方になりますが、事実を受け容れるためには必要な要素があるわけで、紙切れ一枚が何の慰めになるのでしょう。

これでマッサンは息子同然の弟子をふたり、しかもこれからという若者を立てつづけに喪ったことになります。それだけに、貯蔵庫に並んだ原酒は大切な未来への遺産であり、生命を賭しても守り抜くとした素振りには強い執着が見て取れました。加えて、日々悪化してゆく妻の状態は思わしくなく、一馬の死に哀しむ娘も含め、心配が尽きません。けれども多くの困難を乗り越え、ひとの上に立つ存在として経験を積んだいまだからこそ、あのように進展的な行動が取れたのでしょう。進駐軍の要請に躊躇したのは、ひとえに一馬のことがあったからで、熊さんの言を得てしまえば決断は早いのでした。


終戦を迎え、特高の監視下から解放されたことで晴れて自由の身となったエリーですが、かかる負担は深刻で、ある程度体調が戻っても、外出することに恐怖を覚えるという精神状態に。余談ですが、モデルであるリタさんが早くに亡くなったのは、慣れない異国の土地を転々とした生活いじょうに、この戦時中に受けた多大なストレスが心身を蝕んでいたからではないかと思えてしまいます。戦地で互いの兵士を殺し合うことはもちろん、このようなかたちで心に傷を負い、背負いつづけることを強要されたひとびとがいるのですから、やはり戦争は救いがない。それでも、日本の姉とも言える存在のキャサリンをきっかけに、マッサンの力強い言葉を得て、エリーが一歩を踏み出せたことがよろこばしい限りです(キャサリン役の濱田マリさんは、さすが元モダチョキの歌唱力)。


また、一馬の遺品を形見分けしてほしいと願い出るエマに対し、「忘れてほしい」と拒絶の意を示したハナの姿勢には、こちらも実の姉のような深い愛情を感じました。まだ幼いエマには自力だけで一馬の死を受け容れ、乗り越えられないと察しての配慮で、若い時分から母親代わりを演じてきた芯の強さが存分に発揮されています。


そして何より、熊さんの存在です。空襲に際しての滑稽な姿、早々に一馬の死を受け容れ周囲を鼓舞する姿勢、さらに野ブタを捕獲してのお騒がせぶり、最後は逡巡するマッサンの尻を叩き、エリーを気遣っての言葉。広島の父・政志(前田吟)や大阪の鴨居(堤真一)に並び、時としてマッサンの支えとなり、その背中を押してくれる頼もしい面々のひとりと言えます。幼少期に生地・会津を追われ、一度は成功したニシン漁で失敗し、今回戦争で外国に敗れた熊さんは、もっとも苦杯の味を知っている人物であり、だからこそ進駐軍に尻尾を振ってでも生き残れとマッサンに助言できたのかもしれませんね(そういう意味で、空襲に際して貯蔵庫に残ろうとしたマッサンを叱責した俊夫もまた、義父と同じ精神の持ち主なのかも)。


今週は、エリーが母に書いた届くアテのない手紙をナレーションするという形式で進みました。戦争によって非道な迫害を受けながらも、慎み深く忍耐強い日本人の国民性に触れ、改めてこの土地で生きてゆくことを決意した彼女の傍らには、常にマッサンがいます。思い出されるのは、大阪で住吉酒造を退社し、フラフラしていたマッサンに、見世物同然となりながら生活費を得ようと奮闘するエリーが放ったひと言。

「マッサン」は亀山政春とエリーが互いを支えあって夢を叶える物語です。次週からは戦後の復興に沿って、いよいよウイスキー造りも再開となりそうな展開。何度踏み潰されてもその都度、より強くなって立ち上がるふたりのこと、残す週もわずかですので、これまで以上に注視が必要です。