マッサン 魂のバトンリレー
2015.3.21

だれでも心に冬を隠してると言うけど……(「さらばシベリア鉄道」詞:松本隆・曲・大瀧詠一)。残り2週となりながら、尚新キャラの登場というのは朝ドラならではの展開でしょうか。

「マッサン」第24週は、市場の自由化に伴うウイスキー隆盛に乗り出したマッサンと、シベリア抑留を経て帰国した甥の悟をキーパーソンに、戦後復興期の日本人が求めるものは何なのか、を摸索した週でした。


終戦から3年が経過し、ラジオからは軍歌ではなくブギが流れる穏やかな情勢となりました。改めて自由を手にしたエリー(シャーロット・K・フォックス)は家事の合間に英書を読みふけり、エマ(木南春夏)は進駐軍関連の仕事に勤しむ毎日。そして米軍との取引を開始した、マッサン(玉山鉄二)率いるドウカウイスキーは、戦争によって家族や住居・職を失ったひとびとを受け容れつつ、安定した経営状態を維持していました。

そんな折、ウイスキーの配給制が終了し、市場が自由化される報を受け、いよいよ本格的なジャパニーズ・ウイスキーの拡販に乗り出すマッサン。その先鞭たるは、10年以上の熟成を経た原酒を用いた一級酒「スーパードウカ」の販売です。しかしながら、戦争による窮状と米軍の占領下にある日本においては安い三級酒が好まれ、大阪より来道した出資者の要請や雇い入れた戦争帰りのひとびとの反応からもそちらが正道と思われます。高くても美味い、ほんまもんの一級酒か、酔えればよいとする安い三級酒か。決断を迫られ、頭を抱えるマッサンのもとに、突然の来客が。何と終戦時に行方不明となっていた甥の岡崎悟(泉澤祐希)が樺太から帰国を果たしたのです。

しばらく北海道に滞在することとなった悟は個室を固辞し、他の帰還兵たちと大部屋で寝泊まりすることを望みますが、ふとしたことから濡れ衣を着せられ、大騒ぎとなります。激昂する悟を貯蔵庫に連れて行きたしなめようとするマッサンに対し、シベリアでの抑留体験を口にする彼の表情には多くの苦渋が広がっていました。


自分にとっての酒は三級酒とした悟の吐露を受け、マッサンは迷いを捨てます。自分の追い求めるウイスキーが何であるのか、それは万人を繋ぐ「生命の水」であるとの原点回帰。まずは世間で求められる三級酒の製造に着手すること。同時に一級酒の販売も視野に入れ進行してゆくこと。もちろん、三級酒と言っても原酒を含まないような、香料や着色料を多用した模造品ではなく、ウイスキー本来の香りと美味さを兼ね備えながらも手軽に求められる商品造りです。そんな、あっさりと方針を翻してしまう叔父の姿に戸惑いを隠せない悟でしたが、エリーに言わせればそれこそが亀山政春なのだと。

一度は反発した悟も叔父の懸命な姿勢に心動かされ、マッサンの作業を手伝うようになります。しかしなかなか思うようなブレンドが出来ず、マッサンたちは途方に暮れます。そこへ、父・政志(前田吟)と姉・千加子(西田尚美)が、帰還した悟を訪ねてはるばる広島からやって来ました。母子が再会をよろこぶ様子を確かめつつも、マッサンは美味い三級酒のブレンドに取り組みつづけます。それを見て、作業が芳しくない事情を悟り、政志はさりげなく助け船を出すのです。行き詰まったときこその発想の転換。これまでウイスキー本来の味と香りを再現するため、熟成の進んだ原酒を選んでいたところを、まだカドの取れていない若い原酒をキーモルトにすることで、稀釈に耐えうるボディを獲得する方法を見出したのです。方向性が決まれば早いもの。今度は熟成5年以内の樽から、最善の原酒を探し出す作業がはじまりました。そしてついに、たどり着いた理想の樽は……。

何と一馬(堀井新太)の開発した麦から仕込んだ原酒こそが、マッサンの求めていたものだったのです。夢半ばで出征を余儀なくされ、みずから手がけた麦の種を託し散っていった一馬が、このようなかたちでマッサンの助けになるとは。悟ともども、皆一馬に感謝し、いよいよ理想の三級酒造り再開です。


そうして、とうとう完成した三級酒「余市の唄」の試飲会を開く運びとなりました。不安と緊張の漂うなか、来客者の反応を粛々と待つマッサンとドウカウイスキーの面々。しかし、その愁眉も途端に開くこととなります。「余市の唄」を呑んだ来客者たちは口々に大絶賛、すぐにでも取引をしたいと申し出てくるほどの盛況です。さらに、大阪より駆けつけた澤田(オール巨人)からも賛辞を得、試飲会は大成功のうちに幕を閉じました。

よろこびに湧く会場のすぐ傍で、政志たちは帰り支度をしていました。千加子は悟を促しますが、彼の裡に宿った熱が立ち上がることを躊躇わせ、ついには口を開かせます。政志の了承を得て北海道にとどまることとなった悟。重ねて、息子・政春にも激励の言葉を贈る政志は誇らしげな面持ちでエリー・ハウスを跡にします。


「地獄」を見てきた、と口にする悟からすれば、マッサンの本物志向はゆとりのある人間の戯言に聞こえて当然なのかもしれません(一見して抑留による身体的後遺症のようなものは見られませんが、あるいは足の指の1・2本は失っているのかも)。それ以上に、「お国のため」と半ば洗脳に近い暗示で自らを奮い立たせていたのが、敗戦兵となった結果あらゆる自己否定を強要されたのでは、未来に希望を持てるはずもなく、三級酒を片手に傷を舐めたいという心境も合点がゆきます。それにしても、亀山家のデフォルトというか、空気の読めない遣り取りはいまだ健在です。

そんな悟の登場は、市場の自由化によってようやく本格ウイスキーの販売に乗り出せると意気軒昂だったマッサンにとっては、手痛いカウンターパンチだったことでしょう。これまでも、高い「理想」を追い求めつづけるマッサンには、常に「現実」の壁が立ちはだかりました。その都度あまり前向きでないやり過ごし方や、偶然のラックに依るところが大きかったのですが、今回は「安くて美味い」という矛盾を、持ち前の根性と培った技術によって克服したように思えます。あの澤田に雪辱とも言える「あんた、変わったな」の言を引き出したことが何よりの証拠。


それにしても、キーモルト選びで苦労していたマッサンを救ったのが、一馬の麦で造った原酒だったというのは実にドラマチックな演出でした。こういった「奇跡」のような出来事というのは、大規模工場での機械大量生産では起こりにくく、クラフトワークならではの物語といえます。

ほんらいなら、順番通りならば、マッサンから英一郎(浅香航大)や一馬に受け継がれてゆくものが、理不尽な現実の仕打ちによって頓挫させられた。けれども英一郎の技術がいまの鴨居商店を支え、また一馬の麦が逆にマッサンの援護となる。自身がこの世に存在せずとも、遺した何かしらが連綿と受け継がれてゆく。本作のテーマのひとつであるウイスキー造りがどういった意味を持つのか、ここに来て強く感じられました。

そして、一馬からのバトンを受け継ぐかたちで、悟がマッサンの後継となることを決意するラストも実に感動的でした。


今週での陰の立て役者と言えば、やはり俊夫(八嶋智人)ですね。マッサンと悟の微妙な空気を断ち切るような明るい振る舞いは、いつでも周囲の救いとなります(劇中還暦前とは思えないバイタリティー)。イエスマンとはほど遠い、自身の信念を貫こうとする姿勢が逆にマッサンの信頼を得、彼に自信を持たせる要素となっているのでしょう。

一方で、他の森野家の面々は出番がなかったですね。実の息子である一馬が戦死して、マッサンの甥である悟が生還し、ドウカウイスキーに深く関わるとなれば、熊さん(風間杜夫)が悟に対して何かしら絡む機会があってもよかったように思います(そこで一馬の分まで、というのは重くなりすぎるきらいがあるでしょうか)。


戦争中の詳細な描写が避けられないとしても、後期のバランスとしていささか長すぎた観があります。特に今週はマッサン自身の変化と悟という新たな後継者を得る大事なストーリーだったので、せめて2週分ぐらいは割いてもらっても……。


いよいよ最終週、ふたたびマッサンとエリーの関係性にスポットが当てられる内容のようです。祖国を離れ、夢を追う青年の背中を追いかけつづけた魂はどこへ落ち着くのか。涙なくして視聴できそうにはありません。